独身アラフォー干物OL。借金323万円。

現実にきちんと向き合い、借金ゼロになるまでの日々を綴ります。




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借金体質のはじまり(専門学校生時代) :: 2011/06/19(Sun)
昨日書き綴った、子供時代からの自分の生活を読み直してみて…

うわーこんな事まで書いてしまったー!!って。
なんか、書いたけど消そうかな、とか…かなり丸出しな感じで書いてしまってるので、自分でアワアワしてしまいます。
家族が読んだら確実に泣くし、激怒されるな、これは…。

これまで全く人に話したり書き綴ったりしたことのない部分なので、なんなら家族の中でもタブーだし…余計、戸惑うんだとも思います。

でも、ほんとここ数年ですが、姉とはこの頃の話を時々するようになったんですよ。
「あの頃って、暗かったよね…」みたいに。

姉は、高校時代の記憶が殆ど無いんだそうです。
家族が借金に見舞われたのは姉が中学3年生の頃だったので、そのあとのゴタゴタした日々が相当辛かったのかな…って思ったりします。
凄く辛抱強い姉で、昔から何でも我慢してしまうひとなので…進学もお金の事があって諦めたし。
今あの頃の姉を思うと、なんだか可哀想でたまらなくなります。


さて、わたしの話です。
高校時代の終わりごろに替わったバイト先(居酒屋みたいな所)で働きつつ、専門学校に通いはじめます。
そういえば、昨日書き忘れてましたが…このバイト先はお給料が振り込み制でした。地元の信用金庫に口座を開設し、そこに振り込まれることになり…ここではじめて、自分のお金を自分で管理する、という生活になりました。
それまでは、わたしの口座は母が管理していたので。


時代は、「バブル」でした。
クラスメイトは自分の車を持ち、女の子の多くは通学にヴィトンのバッグを使ってました。

とはいえ、相変わらず地味なわたし。
それを羨ましいと思うような気持ちはほとんど無く、ノーブランドの服を着て、ノーブランドのバッグを持って、通学していました。
同世代のひとたちが「あの頃は凄かった」「バブルだった」と回顧するのを今もよくテレビなどで見ますが、個人的にはバブルの恩恵を受けた覚えは、実は殆どなかったです。

そんな地味なわたし(笑)にも、友達がたくさんできました。
今思い返しても、最後の学生生活となったその専門学校での日々は、実際ほんとうに楽しかった。
人付き合いが得意でないわたしでも、そのころの友達とは今でも交流があります。

友達が増え、ちょっと食事をしたり、バイトの無い日は飲みに行ったり、遊びに行ったり…みたいなことが増えていきます。
授業が終わってからバイトまでにすこし時間があるので、その時間が友達との時間になりました。
ほぼ毎日、喫茶店で何か食べてからバイトに行くようになりました。

バイト先で、まかない食は出るんですよ。
あと、家に帰ってからも食べるんですよ。
つまり、1日5食くらい食べてました。人生でも一番太ってた時期でした。159センチの身長に対し、あとちょっとで60キロいってしまうー!!くらいまでになってました。当時の写真見てもムチムチです。

そんなある日、ソニープラザ(当時)で買い物をしていた時に、化粧品カウンターのお姉さんに声を掛けられます。「REVLON」でした。
地味で世間知らずのわたしはチョロい客だったと思います。
化粧水、乳液、などの基礎化粧品に加え、何故か覚えてるんですが、8,500円するアイクリームを勧められました。「10年後に確実に目元に差が出るのよ!!」っていうのが売りでした。

うわー高い、どうしよう、とか思ったものの…
なんだかはじめて「大人扱い」をされたような気がして、嬉しかったのです。(今ならそんなのは錯覚だとわかるのですが…)

まとまったお金を持ち歩いていないので、カードを作ることになりました。
19歳なら作れるから、とお姉さんに言われ、そして作ったのが、ソニープラザのカードでした。はじめてつくったクレジットカードです。
金利がいくらだったか、とか、銀行系だったか信販系だったか、とか、全く覚えていません。というか当時から、意識もしていなかったと思います。

そしてそのカードで、化粧品代を分割払いにすることになりました。
はじめての、「借金」といえるものでした。

その化粧品を使いきらないうちに、同じソニプラの、今度は「マリークワント」でお姉さんに捕まります。
正直REVLONの基礎化粧品はわたしの肌にキツイと感じてましたので、そんなに勿体無いとかも考えずに乗り換えました。また、分割払いです。

既に、おかしいことになってきてます。
でも本人はそれに気付いていませんでした。

バイトは、最初きつかったです。
主のようなおばちゃん達が本当に怖かったし、理不尽な意地悪みたいなのもされたりしました。

でもわたし、当時から「どこに行ったって同じだ」って思ってるところがあって…高校時代のバイトにしても、今の職場にしても、「嫌だから」みたいな理由で転職したことって一度も無いんです。
なんでしょうね、「我慢強い」とかではないんですよ。母とかは今の仕事をずっと続けてることも「偉いね」って言ってくれるんですけど…偉いとかじゃなく、たぶん一番大きいのは「転職が面倒だから」って理由です。

昔からですけど、環境が変わるのが嫌いなんです。すごく。怖いんですよ。

で、バイトはずっと続けていて…だんだん古株(笑)になっていきまして、最終的には怖かったおばちゃんとも仲良くなってました。最後辞めるときとかお金出し合って腕時計を贈ってくれたりして。(大泣きしました)
でもって、続けてるうちに徐々に時給もあがっていきまして…最初530円だった時給は、最後(2年後)には800円になってました。これは経験年数と…あとやっぱり、バブルの恩恵もあったのでしょうかね。

そうやって、給料は増えていきました。
だけど、カード払いの化粧品や日々の食事などの「浪費」には、気付いていませんでした。

これは今もそうですが、ブランド物だとか、すごくいいもの、高いもの、みたいなのは買わないんです、滅多に。
だけどそうじゃない、日々のどうでもいいものとかに、無意識にお金を使ってしまってるんだと思います。
部屋の中も、無駄にモノが多いです…。

ここへきて、「どうしてこうなってしまったんだろう」って、よく思います。

人より、借金の怖さは知ってたはずでした。
お金を持たない生活にも慣れていたはずでした。
なのに、どうして学べなかったんだろう。
どうして、身動きが取れなくなるほどの借金を重ねてしまったんだろう。
悔やみます。

たぶん、高校時代までつましい生活をおくってきて…買いたいものも買えないし、親が買ってくれるでもないし。
ここへきて、タガが外れてしまったんですかね。
たくさん給料を貰って、「あーこれ使っていいんだ」みたいになってきてしまったのかなあ。
…そういうこと、当時は突き詰めて考えることをしませんでしたが。


さて。夏になり、そろそろ後期分の学費を納める時期がやってきます。
ですが、わたしの蓄えはその学費にだいぶ、足りませんでした。
月々5~6万ほどバイトで収入を得て、それを3~4万づつ貯めていけば充分足りたはずの学費が…浪費によって、少ししか残っていませんでした。

親には言えませんでした。どうしたかっていうと…なんと、放置しました。

でも放置したって学生なんですから、学費未納の連絡は親にきてしまいます。あっさりバレました。

親は、わたしを責めませんでした。
そして、親戚に返す分に貯めてあったんであろうお金で払ってくれました。

申し訳ない、とは思いました。
でも、「まわりの友達に比べて、なんで自分だけ自分でお金払わないといけないんだろう」…みたいな思いも、実はありました。
そこで反省して改めればよかったのに、わたしはそれ以降も、変わらない生活を続けてしまいます。
働いた分はそのまま、自分が食べたり遊んだりするお金になっていきました。
高いものを買ったりするわけではないので、やはり「浪費している」という意識はないままでした。

夏休みや冬休みには、ずっと続けている夕方からのバイトのほかに、昼間のバイトを短期で入れて、ダブルワークで働いてました。
それでもなぜか、お金はすぐに無くなってしまうのでした。

結局、2年の分の授業料もろくに払えませんでした。
最終的には親だけでなく、契約社員としてデパートに勤めていた姉の蓄えからも借りることになりました。
姉には、リクルートスーツを買う時にもお金を出してもらいました。

自分では、贅沢はしていないつもりでした。
「お金が無いから」という理由で、学校行事である卒業旅行にも参加しませんでした。
それでも、お金が足りなかったのでした。

就職先は、これぞバブルの恩恵なのですが、あっけないほど簡単に決まりました。
それが今も勤めている職場です。
たいした会社ではありませんが、それでも今の時代だったら、大卒でもなく親のコネもないわたしなど、望んでも雇ってはもらえないでしょう。

2年の秋になって、免許のない友人達が教習所に通い始めます。
そうか、就職して社会人になるんだから、免許くらい必要なのか…と考えます。
「今とっておかないと」という友人の言葉に「なるほど、それはそうだ」と納得します。

勿論、学費すら満足に払えなかった私に元手があるわけはありません。
ここで、初めてローンを申し込みました。

今のシステムがよくわかりませんが、オートマ限定とかも無かった時代ですので、結構掛かりました。利息も含めると25万~30万くらいにはなったでしょうか。確か日本信販で申し込んで、月々2万円を返済していたと思います。初めてのローンの割に、なんだか不確かでお恥ずかしいです。

その頃から学校のほうも時間が出てきて、別のバイト先を検討しはじめます。
高校時代から続けていたバイトは夕方からの勤務しかなかったので、土日や長い休みの時に昼間も働けるバイト先がいいと思ったのです。一応、親と姉に出してもらってる学費をなんとかしなくては、っていう気持ちはあったんです。

新しいバイト先は、昼間の時給は前と同じ800円でしたが、夜は1,000円貰えました。
冬休みには過去最高の14万円ほど貰うことができました。…今の手取りとあんまり変わりませんね…。

こうして、ローンと家族への借金を抱えたまま、学生時代を終えることとなりました。

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